等しく命は尊いよ教に関する現時点での考えどころ

1 なら死は全部駄目なのか? 決意と覚悟に支えられた美しい死、とかは不許可?

2 端的な命が輝かしいなら、行為などでの強弱はなし? ただ存在してればいいの?
 2補足 実際違うのだよな。行為とかまで見て、いいとか悪いとか思ってしまうよ。

3 苦しんでいる人に、命があるだけでありがたい、とか言うのは、駄目じゃない?
 3補足 死を免れえないような人に、命があるだけでありがたい、とか言うの?

4 不可避な性質を「よい」と見なすのは、すべてを等価にしちゃって、駄目じゃない?
 4補足1 確かにすべてを楽しくしてくれることだってあるとは思うけど……
 4補足2 すべてを楽しめ、楽しいだろ、って押しつけることにもなりかねないし……
 4補足3 幸福も絶望も軽視することになるんじゃないの?

5 とかいうもろもろの問題を無視して、盲従してしまう狂信は、賢くなくて、嫌いだ。

6 誰かを傷つける可能性が高そうに見えるのも、好ましくない。

7 あと、物体は常に人間よりも劣るのかなあ? 命無きものは尊くない?

8 あと、概念の場合はどうなるんだろう。概念と個人の比較だと個人が勝つのかな?
 8補足1 平和と僕とか
 8補足2 自由と君とか
 8補足3 個人を死刑囚あたりにすると変わるかな?
 8補足4 個人を親しい人に変えるとまた変わる?

9 というか、存亡を賭けての戦い、みたいなものを想像しているのだけど、駄目?
 9補足1 すべての「価値判断」を「存亡を決する戦い」と捉えるのは、視野狭窄?
 9補足2 価値がある、ということの意味を、より限定しないと、駄目かも。
 9補足3 限定した檻の中で考えたことを、正しいと狂信するのも、たぶん駄目だが。