とらドラ!とフルーツバスケット

あなたがいないと自己価値探しもできない

▼ゆんゆんは「自分の価値を信じさせてくれるもの」を求めていたんだと思うけど、大河は「見て欲しかっただけ」というかな。ゆんゆんは「必要ない自分」という否定的な自己認識の中で苦しんでいたんだと思うのだけど、大河は「必要があるなし」という「意味付け」すら発生させられないような断絶した園で独り戦っていたんじゃないかな、とか。換言するなら、自分というものの意味と戦う余裕すらなくて、立つだけにただ、強くなるしかなかった、とか。▼昨日の思考の続編として少し考えていた。特にゆんゆんの苦悩を貶めるつもりはない。性質の違いを把握したい、というのが第一だ。理解したいのだ。特に逢坂大河の苦悩は、勝手な判断だとしても、わかるところまでは、わかっておきたい。わかるところまでってどこまでなのか。わかってどうするのか。というのはあるけれど、わかろうとすることが、救いの光の一端であることは、間違いないと思っているから、まあつまり、可能性を残しておきたい、ってことなんだと思う。