ツァラトゥストラの階段(土橋真二郎)

ツァラトゥストラへの階段 (電撃文庫)

ツァラトゥストラへの階段 (電撃文庫)

「ここには十一人の人間がいます。ここから出るには、カードのイエスボタンを押して、プレイヤーの過半数を確保することです。ボタンを押したプレイヤーが過半数となった時点で、扉が一回だけ作動します。ボタンを押せるのはひとり一回だけです。取り消しはできません」
 部屋の壁を見た。やはりあれは扉だったのだ。人形は作動すると説明した。
「しかし、上手くプレイヤー要素を分配して扉を作動させなければなりません。分配に失敗した集団は、トランクの中のお金を没収されてしまいます。アンラッキーですね。ショボーン……」
――P.63

《★★★★》
▼想像よりおもしろかった、というのは称賛になるだろうか。難しいところだな。想像より数段「ゲーム」がおもしろかった、のだった。巧く練られていた。やはり油断はできないものだな、とか思った。評判に値するだけのものは確かにあった。という意味では、想像していた通りおもしろかった、という表現も可能だと思う。▼些細な異能感染者たちの欲望を際立たせ育てるための、死や破滅へと誘いかねない、あるいは、輝かしい栄光へと繋がりうる、囚人ゲーム。福原駿介は囚人ゲームの存在を知り、参戦する。抜群の天才というわけではないところが素敵だ。将来は不明だが。▼いろいろ考えたりもする。校内ランキングは囚人ゲームに影響してくるのだろうか。あるいは、青山由紀の位置はどうなるのだろう。以後、立花飛鳥みたいなキャラクターはどのように魅力を発揮してゆくことになるのか。続刊ははっきりと読むつもりだ。第3巻までは刊行済み。▼問題を挙げるならば、囚人ゲームが楽しい、であって、物語が楽しい、ではないところになるだろう。問題とするほどではないかもだけど、ま、問題になることもありうる。以降の囚人ゲームに対してツマラナイと感じてしまったら、普通に楽しめなくなる可能性があるからだ。が、可能性は低い。第一巻の要素分配脱出ゲームと、武器株支配ゲームは、結構おもしろかったし、戦略も含めて楽しめたし、わりと「楽しい上戸」の人間だとは思っているからだ。でも、可能性は可能性だ。駄目なこともあるだろう。まったく納得いかない戦略も、微妙に楽しくないゲームも、場合によってはありうる。とかは不安要素かな。物語も深まって楽しくなるといいなの話だ。福原駿介の思想次第かな、ってのは感じたりする。