位置と名称のバランス

▼概念と事象をまるきりまるごと同一視することができてしまう、ということは、むしろほとんどないようだ、と最近は認識している。概念化抽象化過程の捨象によるピントのズレがもとの事象とは微妙に違ったものを産み落としてしまう、という話ではない。概念Aが、究極的には到達不可能な「極致」に対する「名付け」に過ぎなくて――おかげで「濃淡」で認識および表現するしかない、ということは少なくない、という話である。概念Bが、対象の性質が持つ「濃度」や「割合」を変動させる「運動」に対しての「名付け」に過ぎず――つまりは「運動量」とか「方向性」とかで認識および表現するしかない、ということも意外と多い、という話でもある。▼起床は午前10時。雨は降っていない。という程度の曇り。道路は湿っている。涼しい。週間目標は『意識して自制して30分間本を読む』とかにしてみた。なんかこう、今は、あえて提言する必要がある、とか思った。