すべてが愛に包まれていればどんなにいいだろう

▼時おり考えてしまうのは、本当に『愛』が『世界の原理』だったらどんなに素敵だろうなあ、というようなことで、つまりこれは、愛は『世界の原理』などではない、と私が感じていることを意味する。愛はむしろ『人間の原理』だと思っていたりする。が、これも結局は根拠薄いよなあ、と考えてもいる。微塵も『愛』を持たぬ人間が想像可能ではあるからだ。なので――なので――なんだろう。だからといって別に『愛』を貶めたいわけではないのだ。決して愛を軽んじたいわけではなくて、もちろん蔑んだり嘲ったりするつもりもなくて、おそらく『世界の前提』にも『人間の根源』にも『愛』なんてものは存在しないのだろうけれど、しかし確かに『愛』はある――と信じることができる、というようなことを、単純に称賛したいような、そんな複雑な気持ちがあるのだ。