囲碁的思考法を垣間見る

▼数日前にGBA『ヒカルの碁2』を購入した。もっと修行を積まねばなるまいなあ、と考えていたからだ。確かに傑作かもしれない、とはすでに感じている。いかんせん思考時間が長すぎるがそれを除けば素晴らしい出来である、と称賛されている理由がとてもよく理解できた。▼かなり楽しんでいる。最近は休憩中に対局する癖がついてしまった。対コンピュータ戦だ。ほぼ間違いなく嵌まっていると言えるだろう。おかげで、対局に対する慣れもできたように思う。やはり経験が必要だったようだ、と思った。経験によって『囲碁的な思考法』がようやく見えてきたように思えるからだ。迷いが減った、なんて言ってもいい。▼けどこのあたりからが難しいのだよな、なんてことも考えていた。おおむねこう考えればいいんだな、なんていうおおまかな理解を獲得してからが大変なんだよね、というようなことを考えていたのである。無論、思考が『おおまかな理解』に誘導されてしまうから、だし、さらに広範で緻密で複雑で有機的な思考が必要になるから、だ。