余剰を取り除いて、最後に残るきらめきの欠片

 最近『バルバロッサ』というボードゲームを買った。粘土を活用して遊ぶタイプのかなり秀逸な作品だった。楽しかった、と言える。もっとこれで遊ぶ機会が欲しいな、と思うことができた。もっと遊ぶならきちんと環境を整えねばなるまいな、と考えていた。同梱されていた油粘土で遊ぶのは大変だったからだ。池袋の東急ハンズに行ってみよう、と思いつく。東急ハンズで『ゴム粘土』というのが売っているから、それを使うとかなり遊びやすくなるよ、という話を聞いていたのだ。地元の東急ハンズでは売っていない。それは確認済みだった。改めて考えてみれば、昨日は池袋要町で活動していたのだった。のだから、ついでに買っとけば良かったな、と少し後悔してしまった。池袋へ足を伸ばす。引き続き『レヴィナス 何のために生きるのか』を読んでいた。人間たちに現に与えられている機能。人間たちが明らかに所持している性質。そういったところから、だとするならこう考えることができるはずだ、と、厳格に、厳密に、少しずつ『生きる』ということを追い詰めていく。実際に実感されている感触の違い。実際に実践されている態度の差異。そういったところから、私たちが『生きる』というものをどう捉えてしまっているか、を少しずつ浮き彫りにしていく。快感だった、と言っていい。装飾を削ぎ落とすことで『真実に近い形』を追い求めていく、という姿を見ているのは楽しかったからだ。所詮は好みの問題だろう、とは無論思う。単に私が真実の匂いを好んでいるだけなのだ、と思う。