なぜそれをするのか、わかっているのか

 なぜそれをするのか。行為の理由や目的をきちんと理解しているかどうか、で、行動がかなり大きく変わることがある、ということを経験則として実感している。大抵は賢明なほうに向かって変化するようだ、と判断していたりもする。応用力がつくからだろう、と想像する。行為というのは基本的に、行為自体の実行が目的でないのなら、何らかの目的を達成するために行われるものだ。つまり『手段』に過ぎない。だから、きちんと目的が達成できるのならばその行為でなくてもかまわない、とさえ言える。目的が達成できるのならば、ほかの行為を選択してしまってもいい、というわけだ。と考えれば、状況に合わせて代替手段を模索できるようになる。それがつまり応用力というものだろう、と考えていたのだった。賢明を求める私には、その応用力が、とても魅力的なものに思える。