雷電本紀(飯嶋和一)P.345

雷電本紀 (小学館文庫)

雷電本紀 (小学館文庫)

《80点》

 雷電が土俵に上がり、西の二の字口で、蹲踞して拍手を二つ打ち中央に進み出た。仁王立ちになって腰を据え、丹念にすり手を交えた拍手を二つ打った。腰をかためると、左手を左の肋骨の辺りにそえ、右手を横に伸ばして行き、その動きが頂点に達すると全身の気をあつめ、むんと突き出した。そして、右の手のひらを下へ返した。右腕をおろしながら左腕を横に、手のひらを下に向けてあげ、大きく右の力足を一つ踏んだ。すべての力強い線が雷電の身体からくっきりと浮かび、首と胸がむりむりとふくれ上がって目が充血した。びりびりとした不可思議な気が漂い、助五郎は拍子木を打つ手がこわばるのが解った。雷電の全身が紅潮し、みなぎる力が雷電の皮膚を突き破るかのようで、一気に吹き出した汗が雷電の身体を光らせた。憤怒の相すさまじく、背の筋肉が瘤のようにふくれ上がった。今にも押し潰さんとする天空の力に、素手で抗い挑みかかっているように見えた。神を怒り、天を怒り、人を怒り、この土俵を囲んだ人々を苦しめ打ちのめした一切に、雷電がたった一人素手で立ち向かっているようだった。雷電が気をあつめ宙に向けて一気に放つと、人々がびくんと驚いたように打たれ、あたかも禅堂で響策を肩に受けた時のごとく今度はもっと静かな大きな力で包まれるのを助五郎は見た。