なんで卑怯が駄目なのか

 引き続き卑怯について考える。なにが卑怯なのか、は、わかる。が、なんで卑怯が批難されるのか、は、わからない。そのことを認識する。そして、ではごく単純に考えてみようか、と思った。思索を巡らせる。卑怯だ、と言いたくなるのは通常『自分の都合が悪くなったとき』だろう。自分の都合が悪くなる、のは、当然、都合が悪いこと、だ。都合が悪いことは無論存在しないほうがいい。で、批難とはおおむね『存在するな』ということの言い換えだから、卑怯は批難される、というような思考でいいだろうか。駄目かな。