世界は称賛に値する

日記を書きます

夢見る宝石(シオドア・スタージョン)

夢みる宝石 (ハヤカワ文庫SF)

夢みる宝石 (ハヤカワ文庫SF)

《★★★★》

 それは彼女の完全無欠な白い歯と音楽的な言葉づかいについて語った。彼女が雑用係のハディを追いだしたときのことや、彼女のふっくらした頬と目の中にひそむ表情の深さについて語った。彼女の肉体について語り、彼女の美しさを裏づける千とひとつの人間的美の基準をかぞえあげた。彼女のハーフ・サイズのギターで奏でられる雄弁で歯切れのよい和音や、彼女の優しい声や、水晶ゆえに自分を仲間はずれにした種族を護るため、彼女が直面した危険などについて語った。それは彼女の飾りけのない裸の姿を描きだし、隠そうとして隠しきれない泣き顔をよみがえらせ、高らかなアルペッジオ風の笑いで彼女の涙を圧倒し、彼女の苦しみと死について語った。
 そこには人間性が暗示されていた。それとともに、すばらしい倫理である「生存」の基本原理が浮かびあがってきた。“至上命令は種族という観点であり、そのつぎに重要なのは集団の生存、最後が個体の生存である”、あらゆる善と悪、あらゆる道徳、あらゆる進歩はこの基本的な命令の序列によって左右される。集団を犠牲にして個体のために生きのびることは、とりもなおさず種族の存続を危うくすることである。種族を犠牲にして集団が生きのびることは明白な自殺行為である。ここに善と貪欲の本質があり、すべての人間にとって正義の源泉がある。
 ふたたびしめされた女をふりかえって――彼女は異なるカーストのために命を投げだした。最も高貴なる倫理の名においてそれを実行したのである。“正義”と“慈悲”とはたがいに関連のある言葉かもしれないが、彼女の死が、生きのびる権利を獲得すると同時に無効になるという事実を、何物も変えることはできない。
――P.281

▼初読みである。憶えた。著者『シオドア・スタージョン』という名前を憶えた。ほかも読もう。経験的なものだが、おおむね『SF』には『世界』を感じられるように思う。妙に心地良いのは多分そのあたりに理由があるのだろう。人間の思考とは異なる『思考的なもの』が無茶苦茶好きだ。無論否定形でかまわない。否定形以外では書けまい、と思うからだ。同時に、否定形で描かれたものすら示唆を与えてくれるからだ。