世界は称賛に値する

日記を書きます

2026年06月05日(金)執着しないひとも多い

淡々としている人ばっかりなのか

自分が出たポッドキャストを自分で聞き返すことはないなあという話、自分が作った短歌や川柳に皆が見てくれると期待しすぎたり自意識を荷担させたりしないほうがよいよという話、自分の書き終わった小説に誰がなにを言ってようともう過去のものなので気にならない話、自分の書いた漫画のことなんて振り返らないから昔のキャラクターなんて憶えていない話。なんか昨今聞いたそのあたりがごちゃごちゃ頭のなかでまとまってきて、いいろ考えていた。全体的に「執着がない」話だ。過去の自分や自分の作品に思い入れがない。うまいこと距離をとっている。それどころか、もう、あっさりと捨て去っている。前向きといえば前向き。

とはいえ自分の場合、そこまではぜんぜん思えない。むしろ思い入れは強めだ。振り返るのも好きだし、楽しいし、やっちゃうほうだ。だから、どういう違いがそこにあるんだろう、とは考えてしまう。どうやったらそうなれるんだろう。そういうふうに変わっていけるものなのかもわからない。変わっていったほうがよいのかもわからない。生まれつき? 環境? 覚悟? 世界観? そういった「執着のない」ひとのほうが名作や傑作に手が届きやすそうに見えるのもくやしいが、しかし、過去の文豪のエピソードとか聞くと、明らかに執着していたっぽい人もいるみたいだし、つまりポーズだけの人だっていくらでもいるんじゃないの、って気もしている。ただの慣れかもとも思う。