世界は称賛に値する

日記を書きます

2026年05月09日(土)自己価値を確定させられはしないが

よかったさがし

否定や軽侮みたいな目線が(ぼく主観で)目立つなか、自己評価を信じる・自己価値を信じるのって難しいなあとは思う。それを体感する昨今だ。自分だけで自分の価値を確定させるのはかんたんじゃない。どうしてもひとさまの言葉や態度でブレる。

結果として、(自分の)よかった探し、みたいなことをしているシーンが増えている。ここは人より優れている、誰かの役に立っている、そういう切り口で自分を見ることが増えた。とはいえ、この切り口もよいものじゃない気もしている。まず、妥当な切り口かどうかがあやしい。そんな不安定な切り口で自分を断ずることの是非やダメージもおそろしい。そうやって見つけ出した「自分のメリット」を信じていくのもまた、危うそう。

いいところ

まあでも、そういった最近の方針とクセによって、「ここはたしかにけっこう自分のいいとこなのかも」と言えそうな部分を見出しやすくなったのもたしかだ。切り口はじゃっかんあやしいものだとはいえ、よかった探し自体については、悪いことばかりとも言えないなとは思った。

自分にとってはごくごくふつうのことなんだけどひとさまから見たらちょっと異質、みたいなところを、探す。なんというか、わざわざそういったところを見つけ出そうとし、救いの糸みたいにすがってしまっているところもあるんだろうけど(それもそれで怖いところだけど)、でもまあ、見出せるのは悪いことじゃない。

とりあえず、だいぶミーハーだけど好奇心だけは旺盛だなと思った。世界がつまらないと思ったことがあんまりない。ここは、ちょっと、着目しておいてよいところのような気はする。浅はかな感じになるけど、リスト化するくらい、してもよいのかもしれない。