世界は称賛に値する

日記を書きます

2026年05月05日(火)音楽自動生成

誰が造るか誰が歌うか権利はどうか

音楽生成AIが明確に台頭してきたが、どういう認知で受け止めたらよいのかわからない。とくに、過去作のアレンジについては、どうしたらいいんだ、すなおに楽しんだり喜んだりしていいのかわからん、っていうテンションが最近はある。現状、ただただ朴訥に聞いて楽しんでいるところもなくはないが、改変がいやなのか、勝手な改変だったらいやなのか、作者の気持ちの問題なのか、権利の問題なのか、よくわからん、ってなる。

とりあえず、画像・動画の自動生成に対するものとは、ちょっと異なる目線を自分が持っていそうなのは、わかった。音楽とひとことでいっても、歌/音楽のあいだで、スタンスに違いもありそう。迷いがありそう。歌(声)と、音楽は、別扱いして当然じゃんって気もするし、やりすぎなんじゃないのって気もする。あえて分ける行為がズルい気もしてくる。

なんにせよ、なんというかこう、自分が、いうなれば神聖視的な目線を、「音楽」「歌」「声」あたりに向けていそうではあった。ちょっと意外ではあったものの、「音楽が世界を救うのだ」みたいな言説を、だいぶ素直に受け止めているところは昔からあったから、そういう文脈を持っていたんだとは思う。音楽が持つ根源的で身体的・生理的な強さみたいなものにはずっと惹かれるところがあった。敬意もあった。

とはいえ、人間が歌ってようが機械が歌ってようが気にしないでいたい欲もなくはない。選別したいかといわれたらそうではない。このあたりの問題と、既存の音楽の好き放題にアレンジしていくことの権利関係の問題って、それこそ関係ない話じゃん、って気もするし。