世界は称賛に値する

日記を書きます

2026年03月25日(水)理屈に腐心

理屈遊び

SFとミステリってどちらも理屈遊びだよなあとは思う。どっちもことばの「理屈面」を駆使しながら遊ぶ場だ。結果として、ことばの「論理」に重心が置かれ、細心の注意が払われる。たぶんそういう理屈空間の匂いが好きなんだとは思う。

いずれもたしかに理屈遊びだとはいえ、「理屈」というツールを使って"どういうふうに遊ぶか"は、けっこう異なる。理屈を通して、それらしいものを作り上げ、読み手に向けて、騙すようにして、素敵な世界・事件を提示してみせる、みたいな構造は似ているけれど。最終形となる理屈に隙を作るか(隙があってよいタイプの理屈で遊ぶか、できるだけ隙のないタイプの理屈で遊ぶか)の違いという気もした。イリュージョンとシミュレーターを無理やり似た要素でくくっちゃってる気もしなくはないが。