世界は称賛に値する

日記を書きます

2026年02月24日(火)実際は基本よゆうじゃない

たぶんよゆう

かるいかるい。よゆうよゆう。これくらいのこと(自分なら)カンタンにやれるっしょ。といった見積もりが正しかったことはあまりない。だいたいは甘っちょろい。楽観と過信が過ぎる。自信過剰だ。いっつもそのあたりを見誤って、最後の最後で帳尻合わせる羽目になっているのに、ぜんぜん学ばないのも、不思議だ。最近は、締め切り目際に必死に帳尻を合わせる努力すら雑になっていて、はなっから諦めて、開き直って、投げやりになっていることすらある。

身体が軽くなれば動ける

恐怖感や圧迫感が消えて(たとえば進捗報告すべき会議が急に中止になって、その瞬間に開放感に包まれて)、結果、そこで突然、それまでぜんぜん進められなくなって停滞していた作業に、手をつけられるようになる。頭の上から押しつけられていたような重力がふっと消えて身体が軽くなり元気に駆け回れるようになる。進める気力が湧いてくる。再スタート。

明らかに肩に乗っかっていた重荷が消えて、動きが軽やかになる事態が、実際あって、なんの枷もない(ないと思えている)ときの効能を、あらためて痛感させられるところがあった。こんなに「動けなくなる」んだ、と比較する形で認知できた。自由なら動ける。気楽なら動ける。プレッシャーがこんなに身体を鈍らせる。けれど、自由なら自由でサボったり身勝手に動くシーンもなくはない。天秤がどちらに傾くかは不明だ。紙一重。ここの天秤コントロールが最重要っぽいなとは思った。