喩えてみてもらう
人生、世界、社会、生活あたりの単語の使用頻度が高いなという自覚はある。このあたりの概念をいろんなものに絡ませていくのが好きなんだとは思う。ものごとを捉えるための起点や土台にあるというか。あまりにも軽率に持ち出そうとするため、意図的に抑制しているフシすらある。
とはいえ、それらの言葉を使ったときに"想像されているもの"が、ほんとうに互いに合致しているかは、けっこうどころじゃなくあやしいもんだな、って少し思う。きわめて自然かつ日常的に使っちゃっていることばだけど、よくよく見ると、ビックリするくらい異なるイメージで思い浮かべられていそう。というか、いろんなイメージ捉えることが可能な幅広い概念で、でも、そこを、相互に正していくような仕組みが作りづらそう。みなさまにあらためて喩えてもらったら、ぜんぜん違うものが出てきそうだなと思った。