イメージ上だとごっちゃ
たとえば、想像した「イメージ」の世界だと、浅い・軽い・粗い・緩い・甘いあたりの「差」を、しっかり見分けられているか、正直あやしい。ごっちゃになっている。というか、ごっちゃにしている。個々のあいだにラインを引くための凝視がまったく足りないと感じる。これが具体の世界なら、ごっちゃにしようもないくらい「具体的な方向性の違い」を見て取ることができるのに、そういう繊細な粒度で、想像しようとは、試みられていない。サボりの気配だ。あるいは能力の限界もきっとある。
そのあたりの"ごっちゃ感"が、言葉づかいを粗雑なものにしてしまっている気もするし、あるいは、そういうふうに線引きが曖昧になっていることに対する許容っぷりと寛大さが、いい感じに世界像を優しく楽しくふんわりコーティングしてくれている気も、しなくはない。そういった、言葉に対する「支配されなさ」「抵抗力」「免疫」みたいなものが、文芸や詩情といった領域で、よい感じに作用してくれている可能性もたぶんある。