敬意を超えるワガママは許さない
追っかけみたいな形で、崇敬する誰かの動きをいっつもいっつも見ていると、そのぶん、同じネタや同じ所作に気づきやすくはなる。そのときに、同じ話してんのつまんないなあ、とか思うのは、無礼じゃん、とは思った。「オマエが見つめ過ぎなだけだろ」とは言いたくなる(自分に)。「ぼくにとって最適な動きをしてくれ~」系統の気持ちを甘やかし過ぎるのは(人への敬意より人へのワガママが上回ったときの精神性を許し過ぎるのは)よくないよ、とも思う。
あと、尊敬や敬愛に関わる話になると、「無礼だ」とか「失礼だ」とかすぐ口にし始める(礼儀や礼節めいた単語を出しておけば、敬う気持ちがマジものっぽく見えてくれそう、と姑息に考えている)自分の無意識の癖も、あんまり好きじゃない。それこそ無礼だ。