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日記を書きます

2026年01月08日(木)思考停止とサボるの違い(漠然)

範囲の違いというか

「思考停止」と「サボる(手を抜く)」を同一視しているシーンがちょくちょくあるねえ、って気づいて反省した。というか、線引きをぼんやりさせたまま一緒くたに毛嫌いしていることがある。問題意識を混線させたまま非難の目を向けている。「思考停止」も「サボる(手を抜く)」も、たしかに、それぞれ、逃げや責任転嫁あたりにも結びつけやすくて、そうやって、「そんなの人としてよくない」とかなんとか、否定的にも語りやすいと思いこんでいる。

実際、重なるところはある。でも、「思考停止」と「サボる(手を抜く)」が持つ"よくなさ"は、それぞれちょっと違うじゃん、とも感じる。

というか、よくないかどうか、そもそも、諸説ある。そして、「諸説ある」においても、それぞれ、別の諸説をかかえている気がする。

さらにいえば、「こういうところがあるから、決して絶対悪じゃない」と擁護しようとしたとき、かばうべきところも、じゃっかん、異なっている気がする。たしかに「思考停止もときにはしょうがない」し、「たしかにサボる(手を抜く)のもときにはしょうがない」が、でも、しょうがなさは、それぞれ違うところにある感じ。