否定しない
自分を否定しない、という助言、というか指針を見かけて、なるほどねえ、と思った。「とにかくなにがなんでも自分を否定しない」といった姿勢(の良し悪し)について、しっかり考えたことが、意外となかった。あらためて向き合ってみて、これ、ほんとうによい助言なのかもしれないな、とも思った。近況を考えたときにいろいろ思うところがあった。けっこう自分を否定していた気もした。
不出来も未達成もミスも自分の落ち度も明らかにかけてしまった迷惑も、嫌味も皮肉もごもっともな咎め立ても、気になる弱音も根性のなさも、いろんなものが、自分をダメなものであるかのように見せてくる。自分がダメであることの証拠が、この世にいくつもあるのだと、揺るがぬ正当性みたいなものを押しつけてくる場面が、ときどきやっぱりある。逆らえない。とまでは言わなくとも、きわめて逆らいにくい。もともと、自分に対し(過大な)夢や希望をいだいてしまっていたせいで、うまくやれなかったときに、余計にそう思ってしまいがちなのかな、とも思いつつ。
「自分がダメ」だということを自明のように見せてくるどんな正当で明確な根拠も、別に、受け容れなくてよい。拒んでしまっていい。自分だけはどうあろうと自分の味方だ、っていうスタンスをとったときに、それが誤りになることは実はない。どこまでいこうと自分だけは自分を否定しない。自分の価値を認める。自分に意味を見出す。覚悟を決めてそういう立場に与するのは、明確に素敵なことじゃん、とも思う。
最近は、むだに自己評価を下げて、苦しまなくていいところで苦しんでいた場面もあった気がするので、自分からわざわざそちらに飛びこむ必要はなかったはずだぞ、とシンプルに反省した。