世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年12月31日(水)もったいないので動くようにはする

間抜けじゃないよう動けると思うのがそもそも思い上がっている

来年の目標というほどのものでもないけど、「ちゃんと動こう」とここ数年はずっと思っていて、引っ込み思案、人見知り、恥ずかしがり、気弱、人の目を窺う、見栄っ張り、気取り、みたいなもろもろが、さすがにちょっともったいなさすぎる……、と強く痛感させられている昨今だ。

万人に向けてどちらのほうがぜったい良いとまで断言してみせる気概も理由もないけれど、自分としては、しばらく、こちらの方角に向かって進んでいくよううながしてみたい、といった意味で、一定の「恥ずかしげのなさ」は持っておきたい。恥ずかしげもなく行動することが可能なようにしていく(そういったノリで行動してよいのだと、事前に覚悟を決めておく)。そのための勇気や度胸を持てるようにできたらよい。そういう方向に意志や理屈を運んでいけるならありがたい。いまだにけっこうビビっているのは否めない。否定されるのも嫌悪されるのも迷惑かかるのもやっぱり怖い。怖がるのが別に悪いことってわけでもないんだが、怖がり一辺倒はちょっと困る。

ボードゲームがあまりに楽しすぎ、ほかのひとともっと遊んでみたすぎて、ふだんなら物怖じしてあきらめるボドゲカフェの週間イベントに毎週のように参加するようになった、その当時のテンションが、自分なりの成功例になるかなとは思う。ああいう「恋は盲目」みたいな度胸をときどき持てたら、たぶんそれでよい。別に人格まで塗り替えなくてもよいので。

好きなものも好きなひとも、恥ずかしげもなく後押ししていきたい。賞讃もおすすめもする。参加もする。上手くできなかった間抜けさをさらすことを恥ずかしがって、ろくに動かず、胸に秘めたまま終わっていくのは、さすがにもったいない。一概にはとうぜん言えないにせよ、試行回数は多いほうが基本的にはよい結果や成果につながりやすい、とは感じるようにもなってきたし。