世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年12月11日(木)当事者感覚からの配慮の共有

当事者の記録

特定のクラスタの一端にみずからも属しているからこそ感じ取れている独自の(狭い範囲内の)雰囲気、というのはたぶんあって(気のせいの可能性は当然アリ)、そういった雰囲気間の噛み合わせの中で、端から見たらよくわからんような気遣いを働かせていることも、まああると思う。

そういった心遣いって、あんまり書き残してきていないし、そもそも、言語化しようと思うこともあまりなかったから、基本、ぼんやりさせたままになってしまっている。でも、特定個人にしか見えていない景色、みたいな意味でいえば、そういうものこそ、描き出す価値がある、書くに値する、みたいなことも言えるんじゃないかなと思った。

あの人とこの人、あの界隈とこの界隈、ああいうことを言っている人たちとこういうことをしている人たち、それらのあいだに対し、ぼくが(勝手に)見出している相性と、そこに(勝手に)おこなっている配慮の話は、ぼくにとって、特に大切なものである可能性がなくはない、って感じた。そういった、ほんとうにささやかでローカルな気遣いの記録と応酬が世界を変える可能性さえある気はする。