よくあつかわれてきた歴史・悪くあつかわれてきた経緯
晴れと雨をくらべたとき、雨のほうが「ダメ」ってこともないはずじゃん、とは思うのだけど、「よい天気」って言葉は、基本的には、晴れを示すことになっている。晴れは良いもの。雨は悪いもの。同じように、いろんな概念が、快不快やメリットデメリットをもとに、良いほう・悪いほう(ポジティブ・ネガティブ)に、勝手に振り分けられているなあとは思う。
やさしさと残虐じゃ、やさしさのほうが、たぶん「良い」ほうだろう。対話は良いほう。わかりあうも良いほう。孤立や断絶は悪いほう。未熟は悪いほう。失敗は悪いほう。死も悪いほう。青春はたぶん良いほう。月明かりもたぶん良いっぽい。吹雪は悪い寄りかな。効率的や効果的は良いほうだと思う。意味がわからないとか破綻とかは悪いほう。支配は悪いほう。管理もたぶん悪いほう。自由は良いほう。勝手は悪いほう。青空は良いほう。闇は悪いほう。閉鎖的も悪いほう。軽視は悪いほう。甘えは悪いほう。好きは良いほう。嫌いは悪いほう。痛みも悪いほう。叛逆は悪いほう。軋轢は悪いほう。飢えは悪いほう。心遣いは良いほう。目標も良いほう。醜さは悪いほう。美は良いほう。焼きたては良いほう。腐敗臭は悪いほう。助け船は良いほう。落し穴は悪いほう。静寂、沈黙、停止、限界、最初、途中、選択肢、乱高下、振り分け先がうまく見通せないやつもたくさんあるけれど。
花鳥風月とか雪月花みたいに、たとえば詩歌なんかにサクッと使われていたときに、半ば勝手に「よい」イメージを付随させてくるものが、たくさんあるなとも思う。こびりついて削ぎ落しようのない「経験」「歴史」「文脈」などによって、比重が狂わされており、そこにあったとき、天秤まで勝手に傾けられてしまう。そういうものがない世界を、なんとか、一度、見てみたい、と感じるところはけっこうある。最近またそういう世界のことを考えていた。理想も妄想もいだいてはいるけれど、まあ実際は、うまくイメージできていない世界だ。
なんかずるいじゃん、とはやっぱり感じる。ちなみに、「ずるい」は「悪いほう」に振り分けたくなるけど、実際はそれも微妙だ。「微妙」は「良いほう」に振り分けたくなる昨今なんだけど、子どもの頃は、深く考えずに「悪いほう」に振り分けていた気もする。