ぼくもやりたい
なにをおもしろがっているのか。そこにひそんでいる理屈をしっかりと訊いて、トレースさせてもらう形で、手の届かなかった愉悦にたどりつかせてもらったことは、まあある。よくわからないけどとにかく楽しそうにしている姿を見せてもらって、日々の語りの中から、楽しみどころにつながっているであろう道を示してもらい、導いてもらって、手の届かなかった愉悦にたどりつかせてもらったことも、けっこうある。
うらやましがりなんだろうなとは思っている。嫉妬みたいな執念深さや苛立ちみたいな要素は、たぶんあんまりないが、とにかく、わりと軽薄に、うらやましがっている。うらやましがることも軽薄さにも良し悪しはあるんだろうけど、人が楽しそうにしているのをうらやみ、ぼくにもやらせてくださいよととりあえず動いてみて、その結果、好きなフィールドが広がっていってくれた感じがあるのは、だいぶよかった気はしている。幸せな感じもする。
ぼくにとってのインターネットは、そういう「楽しそうにしている姿をめっちゃ見せてもらえる」空間だ、というのが第一義だとも思う。そこが基幹にも根底にもなっている。