世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年10月23日(木)ぜいにくのようなことばは削ぐ

好きなだけ書いていた

字数の制限すらなく、なんでも書いていいよ、といった「自由なスペース」を与えられること自体が、だいぶ贅沢だろ、っていう指摘はあってよい。ブログという媒体で、しかも日記という概念のもとで、ことばを書いていると、そのあたりに意識が向きにくい。書きたいだけ書けるのがあたりまえ、みたく感じられてしまう。

「なんとかその空間の中に納めないとならない」「削ることが必須」といった制約条件が、ときに、ことばの精度と質を高めうるんじゃないかなとも思うけど、そこがたぶん、自由なスペースでは、あんまり鍛えられないな、って感じる。実際問題、余計な付言ばかりしている気も、しなくはないし。書き足したいだけ書き足してしまっている。遠慮がない。まあ、ブレーキがみじんもかからないような状況のなかで、萎縮せず、気ままに脳内からことばを垂れ流せる、っていうのも、きわめて大事な振る舞いだとは思うんだけど。まあそこは別の話になってくるんだろう。両輪ととらえてもよいのかな、とも思う。

贅肉のようなことばを削ぎ落とそう、っていう意識も、さいきんは、抱く日がある。そういうふうに書いているシーンがある。同時に、ことばを開くようにしていて、ひらがなを多用するような場面も、まえよりは意識してつくっていて、文字数でいえば増やしている場面も少なくない。いろいろ試行錯誤はしていて、まあ楽しくはある。