実況プレイヤーの目線
実況プレイ動画を見たとき、同じゲームの同じストーリー、同じシーンを見ていても、そのときの(目の前の)プレイヤーの、感情、発言、解釈に引き摺られるようにして、見ているこちら側の"受けとめかた"まで、けっこう変わるなあ、ってときどき感じる。目線や観点がだいぶ引っ張られる。感化が楽しい。
ものすごく哀しいシーンであったとしても、それが、素敵なふたりの悲恋に見えたり、歴史大河的な悲劇に見えたり、神々のもたらす絶望に見えたりもする。「このふたりが結ばれないなんてつらすぎる」とか「こんなヒドイ構造を用意した世界に腹が立つ」とか「序盤のシーンであんなこと言ってたから今のこの台詞がほんとうにつらい」とか、ひとによって、見ているところや、レイヤー、文脈が、変わってくる。シンプルに、どこを見てなにに哀しむかが微妙に異なる。いろんな色合いの哀しみが見出せるものなんだな~、と気づかされる。
同じ作品をひとりで遊んでいるだけじゃ見出せなかった楽しみなのかなとは思う。さまざまな媒体における、批評や解説を読んで、ある作品の、新たな切り口に気づかせてもらえる、そんな読みかたや楽しみかたがあるんだ、って教えてもらえる、そんなこともちょくちょくはあるけれど、同じようなものか、とも思わなくはない。けど、実況プレイ動画における「実況プレイヤーのゲーム世界に対する感情に乗っかる」感じは、けっこう独自性ある気もする。