誰も見ていないのもよい
誰も観ていないくらいのひとけのない場所で、人目を気にすることなく書けるのも、かなりよい。プレッシャーがない。過剰な期待もない。落ち着いて動ける。自由だ。自然だ。あるがままだ。
みたいな見解を持つことはあるけれど、でも、誰も見てないくらいがちょうどいいよね~、って自然体で思えるのは、だいたい、自分の創ったものがたいしたことないもののときだからなあ、とも思わなくはない。
めちゃくちゃクオリティの高いものができたら、やっぱり、見て見て!ってなってくる。それが事実なら、ふだん、クオリティの高くないものを作っている自覚が少しあって、下手なところを見られなくて済んでよかったなあ、と思っているところはあるんだろう。恥ずかしいところを見られずに安心しているだけ、っていうような面があるんだと思う。
ろくでもないクオリティだったとしても見ている人が少なければ見下されたり呆れられたりばかにされたりする可能性は低くなる。そんな目に遭わずに済む。そうやって、評価とか決断、覚悟から、逃げているだけ、といった側面もまたあるに違いないなあ、とは意識し直した。
まあ、評価される自覚や意志、チャレンジ精神をかならず持たねばならない、ということもないはずだから、静かな場所で淡々と趣味の活動みたいなフェイズを進めているのも、とくに悪いことではない。が、それこそがいい!って言い張るときに、その気持ちの背後にあるのが、ただの言い訳だった場合、ときどき、困るシーンがやってきたりする。経験的にそんな感覚はある。