世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年9月21日(日)ごちゃごちゃ言っているの二側面

難解

わかりきった当たり前、みたいな話を、むだに難しく話している気がすることはたしかにあって、自分で読み返しても、さすがにこれはヘンなふうにこねくりまわしているだけでは?って、ときどき感じる。が、なんでそれがダメなのかよくわからん、と思わされることも少なくない。難解な(場合によっては、ただ聞き慣れないだけの)表現だからダメ、とかまでいくと、ほんとうに意味わからん、とはなる。

とはいえ、シンプルな物事にゴテゴテと飾りつけばかりして、ただ事態を大きく「見せかけ」るのって、知的なレイヤーで見て、よくないんだよ、っていうのは、わからんでもない。「必要以上に多くの仮定を設けるべきではない」(オッカムの剃刀)っていう指針すらあるからね、というツッコミには頷けるところもある。そりゃそうだと思う。意味量は変わらないのに文字数増えてたら余計な手間とらされているだけじゃんとは思う。