身体性と頭のきもちよさそう
身体性のもとでなんとなく気持ちよくないイメージをいだいてしまっていると、よいものだとたとえ頭で理解していても、無意識に避けてしまっている、というようなことがたまに起こる。理解や納得より「きもちよさそう」「きもちわるそう」が優先される。
「削ぎ落とす」は、イメージだけ見ると、かなりよい手ざわりで想像しているはずなのに、無意識に避けているのが間違いないので、かならずしもそういう基準ばかりでもないみたいだな、とは思った。習慣とか癖のレイヤーも影響してきていそう。あんまり「削ぎ落と」し慣れていないというのはある。