嫌いな人に見られもしたくない
サボっていることを正当化しているかのような文章構成にならないよう、苦心惨憺するくらいなら、サボりたがっている気持ち「も」あると、ちゃんと認めて、そのうえでのことばを書いていったほうが早い気はしてきた。少なくともそればかりじゃないときは、諦めて、素直にそう書けばよい気がする。それもあるけどそれだけじゃないよって書けばよい気はする。
関係者各位に対する不快感や嫌悪感がどうしてもあるため、たとえば努力する姿勢も成果も見せたくないし、それによって評価される事態だって想像したくない。現実のものにもしたくない。そういった気持ちがあるせいで、なんとなく、どこかで、ブレーキをかけてしまっている。必死になりきれない。ただし、そういうふうに「だから頑張らない」と思い切っている横で、"楽ちん"側に逃げている精神(事実)もまた、間違いなくあって、そこは否定できない。責任から逃げている「面もある」。あんまりよくはない。是正したほうがよいと言われたら否めない。でも、前述したような不快感や嫌悪感、そして、頑張りたくない気持ち自体は、やっぱり、消えてくれなそう。うーん、だから、どうしようかなあ、って考えていた。この話、もう、「どうしようかなあ」くらいの落としどころでいいっしょ、とも思った。まずはそれくらいのところだけ明瞭にしておくしかなさそう。次の段階はまだ見えなそう。現在位置を確認して今日を終えるくらいでとりあえずはよさそう。