混じっている
「こんなふうにつらいんスよ~、こういうのがとにかく嫌なんスよ~、ここに問題がある気はしているんですけどね~」といった話が、一回起こり始めると、しばらくは続く。フォーカスにロックがかかる。消えるまでは追っかけたい気持ちみたいなものがある。
苦悶の愚痴なのか、丁寧な分析なのか、希望的観測なのか、欺瞞めいた自己正当化なのか、自分でもよくわからないことは多い。おそらくたいていはどの要素も混じり合っているんだと思う。配分の問題として捉えたほうがよい気はする。
なんにせよ、小狡くて卑怯なモノの見方が入ってくるのは避けがたいみたいだ、とは感じている。それは後ろめたい、とも感じるため、以前はできるだけ書くのを避けていたのだけど、それじゃあ解決しない、と思うようにもなった。「丁寧な分析」≒「(ほどほどは適切かもしれない)現状分析」から、ともすれば手を離してしまいそうなところが、よくない。
といった「状態」のことも、複数回、書いてきている。いま起こしている事態のことも、きちんと言葉にしておきたいのだ。なにをしているか理解したうえで、その所作を赦したい。まあ、うまいこと説明できれば、「このひとはズルいことをしてるわけじゃないんだね」って思ってもらえそうだ、といった、他人の目におうかがい立てるような、それこそ正当化みたいな気持ちもまた、明らかに混じっているのだけど。
いいわけ源泉
言い訳って、まあやっぱり、ことばが進む。別に嬉しくない、って考えてしまったけど、わざわざ否定的に捉える必要もないのか。
ただ、他人に「なるほどね」「それならいい」とか思ってもらうための言い訳ばかりを並び立てていても、あんまり前に進まない(前に進めてくれる力をあんまり持っていない)、みたいな意味で、時間の無駄、と捉えることは可能っぽいから、そこは問題視していてもいいのか。
時間っていう指標が強すぎるだろ、とは思わなくもない。