世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年7月14日(月)ぐるぐる徘徊して、翌日、辿り着く

無駄じゃなかった昨日

的確な言い回しに、いつまでたっても辿り着くことができず、ただただ、うろうろと、当該問題の回りを徘徊するだけで、終わってしまった昨日があって、そこから、寝て、起きて、今日を過ごしていたら、ふと、「辿り着いた」ことばに、急に、手が届いたりもする。「あ、こういえばよかったんだ」って気づく。あんなにだらだらとわけのわからないことを、むしろ間違っていたことを、垂れ流していたというのに、「このひとことでよかったんだ」っていうことが、突然わかる。

この状況、けっこう恥ずかしい。昨日の日記をぜんぶ消し、"シュッとした"ひと言だけを残すかたちにしてしまいたい(最初っから「辿り着いていた」「洗練した考えを持てていた」のだと、過去を捏造してしまいたい)と、思ってしまうことさえある。

が、ぐるぐると問題のまわりを散策した事実があったからこそ、今日、やっと、手が届いたんだ、ということが、ようやくはっきりわかった瞬間があった。その手ざわりを、初めてしっかり認め、満足感に結びつけることができた。「昨日の徘徊」を、尊重する気持ちに、ちゃんとなれた。

同じ話を昨日今日と続けて(二回も)しちゃって(しかも昨日のほうは大部分、間違っていて)すいません!!!とか思っていたけど、むしろ、その文脈こそが最高だろ、とも思えた。