ぐるぐるしながらも足は止めない
書きたいエピソード、描き出したい思考が、ちゃんとあっても、そうそう思い通りにはいかない。ちゃんとした言葉になってくれない。構造化もできない。構成も整わない。話としていまいちなまま。ちょっとずつ小出しにしながら、調節し、やりくりし、クオリティは問うことなく、まずは、なんとか完成までもっていくくらいしかできない。せめて形にはしてみせたい。
問題の周辺をぐるぐるするのがなぜか好き、というか、考えごとをしようとすると、どうしてもそういった挙動を取ってしまいがちなので、「これはもう逃れようのない"ぼくの特性"なんだろう」と、なかば諦め、池の周りをジョギングするみたいに、行けるところからやっていくしかない、って決意は固めた。ぐるぐる回っているだけで本題になかなか近づいていってくれないことも、ただただ嘆いていたって、しょうがない。きっかけが来れば、ふいに、中心に立てることだってある。偶然と奇跡と運命を狙う。試行回数を増やして、確率が低くても、そうなるように、くわだてる。
言葉遊びと哲学が(根っこは同じの可能性アリ)とにかく好きなため、もうそれを織り交ぜちゃうのは、前提というか当然だと思っておきなよ、とは思った。変に「好き」から離れて、うまくやろうとしても、たぶん、うまくいかない。苦手意識を増幅させていったって意味がない。立ち止まることなく進めていくための燃料にだってときにはなってくれるだろう。潜んでいた"こだわり"を呼び覚ます触媒にだってなってくれるかもしれない。好きだけじゃやっていけないことだってもちろんあるわけだけど、最初から手放すことを前提にしているのも、意味はわからない。変形させたり変質させたりして混ぜこむ狡猾さだってあってよい。そういう手立てだって、ヘンに遠慮せず、座右に携えながら、できる打ち手を探していけばよいのだと思う。