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日記を書きます

2025年7月3日(木)記憶コントロール可否

思い出はコントロールできなそうだった

どんなふうに書き残したり決心や覚悟したりすれば、記憶に爪痕を残しておくことができるのかは、ついぞわからないままだった。結論めいた書きかたが許されるほど人生の後半でもないけれど、「忘れずに済む方法」は、数十年たっても、いまいちピンと来ていない。大切だった出来事も忘れている。変なことは憶えている。自在にコントロールできた気は一ミリもしない。

単語の暗記をコントロールできないと断ずるのはちょっと

といった、思い出のコントロール不能さの問題を、「暗記できない問題」と(暗記的な勉強法に対する、やりかたがわからない、実際に憶えられない、価値をあんまり感じない、といった問題と)、混同させている気は、しなくもないな、って思った。

「思い出がコントロールできないんだから、英単語を覚えるのだって、どうせ無理だよ」みたいな形で、やる前から、うまいこと断念させる方向に(都合よく正当化してサボらせる方向に)、問題を捻じ曲げている気配は、ちょっとある。