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日記を書きます

2025年6月21日(土)全体像をまず仮組みしてから

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読書術とか勉強法の話で、「まずは書籍やテキストの目次をしっかり読もう!」といった指南を始めて聞いたとき、だいぶ驚いた。目次は読んだことなかったからだ。いま思い返してみれば、概要から、その枠組みをなぞるようにして、おおまかな形をつかみ、全体像やゴールを仮組みして、そのうえで、話の見通しをつけておく、っていうやりかたが有用なのは、明らかなように思えるのだけど、長らくその発想に至らなかった。うまく想像できていなかった。欠落ないし抵抗があった。

落ち着いて考えてみると、目次に並ぶ「題」が、その章に書かれた内容の方向性やポイントを示す言葉だと思えていなかったんだよな~、と思う。「この章や段落でおこなわれた話をひとことで言うなら(ひとことだけ説明させてもらえるなら)こうだ」っていう、簡潔変換処理なんてことが可能なのだと、知らなかった。

この「要するになんなの?」「結局なんなん?」「ひとことで言ってみて?」といった、贅肉を削ってまず「見出し」を伝えるようなやりかたを、可能だと思えていなかった件は、けっこうその後も尾を引いた。実際いまでも、苦手と言えば苦手だ。弱点というか、不得意な気はしている。意識的にやろうとしないと思考が向かっていってくれない感じ。当初、そんなことやっちゃいけない、くらいの認識すら持っていた気もする。