世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年6月16日(月)どれくらいで褒められていいのか

言語的マゾヒズム

日記を種類分けしていろんなところにいくつも書こうとか考えている最近の生活、正直、初っ端からパンク気味で書き切れていないのが実状なんだけど、それはそれとして、あれもこれも書き残さねば!みたいなことをずっと抱えて過ごしてるの、なんだか異様に楽しい。言葉のほうに無理やり目を向けさせられる状態が意外と好きなんだなと自覚する。言語的なマゾヒズム(?)みたいなものがあるのかもしれないが。

自画自賛の健全

至極あたりまえのようなことも褒めてしまおう。生きているだけで、頑張っているだけで、なにかを残しただけで、じゅうぶん褒めるに値する。といった端的な日記も書き始めてみた。人生とか世界って、どのくらいでひとを褒めていいのか/どのくらいでひとに褒められていいのか、ほんとうに基準がないよな~、と、あらためて自覚させられる。勝手気ままに自分も他人も勝手に決めて褒めている。しかもそれにだいぶ振り回されている。自画自賛を大事にするくらいがむしろ健全なのかもしれないな、とは思った。

たいへんだけどやっていくこと

こういう文章(日記)も書き残してみたい、というメモをちょくちょく残した。そのなかに「たいへんだけどやっていくこと」って書いてあって、いまとなってはなにが言いたかったのかピンとこないところもあるのだが、「たいへんだけどやっていくこと」を毎日書き残していく生活はなかなかよい気がする、とは思った。