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日記を書きます

2025年6月11日(水)自己叱責一時間はあっても、自己賛美一時間はない

一時間ほめられない

新R25の配信した動画を見ていて、「ワンフレーズでいいから、しかも当たり前のことでいいから、ちょっとした誉めを、書き残したほうがよい、そういう日記を書いておくとよい、といったススメを受けたんですよ~」という話が出てきた。その中で、「人間は、一時間、じぶんを反省し続けることはできるのに、一時間、誉め続けることはできない」「そのくらいそもそも自分を誉めないし、自分を誉める行為にも慣れていない」という切り口の話があって、なるほど!ってなった。

たしかにそうだなと思う。一時間くらいうじうじと頭の中で反省と後悔と叱責をぐるぐるさせていたことはたしかにあったけど、一時間、頭の中で、自分を誉め続けたことってほんとうにない。長時間、自分を褒め続ける機会なんてなかった。あらためて考えると、そうそうできそうにないとも感じる

ハードルを下げて褒める。こんなの普通のこと、できて当然、と、うっすら思っているくらいのことであろうと、言葉にして、毎日、少しでも、しっかり誉める。そのくりかえしが、どのくらい、自分を前向きにさせてくれるのか、正直ピンと来ていないところもなくはないのだが、とはいえ、「一時間じぶんを誉められない」は、たしかに脆弱性になりうるところかもしれない、とも思えたので、誉める機会は、増やしてみたい。

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新R25

新R25の動画がよい。おのおのがかかえる困りごとと、それに対する助言が、この世にはたくさんあって、困ったり悩んだりしている本人にとって都合のよい(聞こえのよい)見解を、場当たり的なものとして、ふわっと打ち出してみせる商売なんかもあるみたいだと思っているが、しかし、昨今の新R25が配信する動画だと、その感じが薄い。けっこう丁寧に困りごとと向き合って、識者に相談し、得た見解を実践に繋げながら、「体験」にウソがなさそうなものを、提示してくれているように見える。演出があるのは間違いないにせよ、「その後」の話をちょくちょくはさんでくれていて、言うだけ言ってほっぽり出すスタンスではなさそう、っていう方向に、多少は判断を移行させることができた。じゃっかんは信頼した。