全部置く
思いついた言葉を、基本、ひっこめられない。取捨選択の「捨」が選択肢として浮かばない。たとえば一文書いてみたとしたら、その文章が示すと現象の「別側面」も、その時点であらためて見えてきたりするから、補完的に、別角度からの描写だって思いつく。そして、気づけば、その言葉も置いてしまっている。そういうふうに、脳裡に思い描かれた言葉を、毎回、品出ししているから、長くなる。文章量も費やす時間も長くなる。話はたいして進んでない中、多角性や多相性ばかり増やしていく。そんな感じの言葉遣いだなとは思う。
見下されそうなのでおうかがいをたてる
ぼくの好きな"それ"が、ちょっと馬鹿にされていたり見下されたりしていそうなことを、敏感に察知し、おうかがいを立てるかのように"言い訳じみた前置き"を置いて、相手側からの軽侮や非難を回避しようとしてみせる、といった振る舞いを、ときどきとっている。
堂々としていたほうがよいはず、何事も自信満々が最後のカギだろう、と感じることはあるため、卑屈になるタイプのスタンスは、基本、取らないほうがよいんじゃないか、とはまず思う。好きなものを後ろめたいものかのように語るのって、どんどんツラくなっていきそうなので、やめたほうがよいんじゃないでしょうか、とも考える。ひとに合わせるために、突き放すフリをするという行動指針は(そうすれば、聞いてもらえそうという世界認知は)、世界平和にも繋がりにくそうだよな~、ということも考えていた。