世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年05月18日(日)偏見底上げリアリティ

勇者ならモテて当然

物語の冒頭部で、最初っから、一般的な中学生・高校生くらいの男子が複数の女子に異様にモテていたら、は、はあ、そうですか……、って引き気味にはなりがちだ。リアルじゃないな~って思ってしまいそうである。けど、同じ年齢層の、たとえば伝説の勇者の少年が、たとえば複数のパーティメンバーにモテモテであっても、たぶん、素直に受けとめてしまう気がする。ここに偏見があるなと気づいた。

ふだんは男子学生が主人公の学園ラブコメを眺めて、主人公がそれほどモテるだけの根拠をちゃんと見せてくれないと納得できん……、説得力がないと話に乗れん……、とか思っているくせに、立場が勇者だったら、あっさり許してしまう。勇者なのであれば、モテるだけの要素を持っているに違いないと、描写がない時点で、勝手に評価を底上げする。この、「そういう概念だから、ここ位置からスタートさせてあげる」という上げ底機能がどのくらい働くかで、リアリティの読み取りかたや、納得度が変わっていそうだな、とは感じた。

活発状態にも手が届く

思索したい、と思って文章を書き始めたときに、しかしなんも思いつかん……、と手が止まることはけっこうある。が、それと同時に、読書中はあんなにいろいろ思いつくのにな〜、って感じられたりもする。実際、読書中は、(仮説レベルのものも多いけど)着想機能が、だいぶ、駆動しまくってくれて、たいへん気持ちよい。いろんなところに潜んでいた繋がりが浮き彫りになってくる。そうしてシンプルに世界が広く見えてくる。

「こういうときは頭が活発に動いてくれる」っていう事柄が、手に届くところにあるものだと想像できているのって、そもそもけっこう幸せな感じだな、とも思った。