根っこを疑う
根っこを疑うように考えたい。ともすればいつの間にか安易に納得してしまっている「根拠」をあらためて掘り起こして精査したい。そういうスタイルでおこなった思索のメモをここに置いている認識だ。日常的にそれをおこないたいので、それを「日記」と呼ぶと定め、書き出している感じ。
出来事日記も残したい、というふうに気持ちが揺れることも多かったが、出来事日記の置き場所をさいきん決めたので(というか、いろんなところに書く場所を分散させて書く遊びを始めたら、勝手に、そのうちの一か所が「出来事日記」として落ち着いてくれたので)、そういう迷いもなくなった。
目を凝らし、耳を澄まし、静かに考え、ちょっとひらめいて、なるほどね、と、世界が新しく(輝いて)見えてくる。そういったものを残しておきたい。突如きらきらと見え始める着想がときどきは降りてきてくれる。そういうものが残っていってくれたらうれしい。見返すのだって楽しい。そんな場所になってくれる期待はずっとある。
ここに書いている自分の日記、かなり好きではあるのだった。自画自賛でもよい。益体もなく、稼げるわけでもなく、ときにはくどくて読んでいられないし、ひとが読んでおもしろいとも言いがたいし、はりきりすぎていて目を逸らしたくなることもなくはない文章群だけど、こういったものを、手ずから残してこれた日々については、素敵だったと思っているところもなくはない。運よくそういうものになってくれてよかった。ひとからはたとえがらくたのように見えたとしても自分にとっては宝物のパターンだ。