世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年05月09日(金)ハッピーしかない物語はなんか避ける

恵まれない環境・約束されない成功

初っ端から恵まれた環境の中に立っていて、あぐらをかいていても成功が約束されていて、とにかくうまくいく物語、みたいなものは、やっぱり好きじゃないっぽいな~、と思う機会があった。どんなジャンルであってもそれぞれの楽しみかたを見つけたいとは思っているし、苦手なジャンルであろうと素敵な出会いがときにありうることも知ってはいるけれど、それでも、好みの差は、明瞭に出る。ただ、ここ、理由を考えはじめると、難しい。努力が好きとか窮地が好きとかあると思うけど、突き詰めると、起伏が欲しいよー、ってところなのかな。でも、ちょっと違う感触もある。

うーん、「恵まれた環境・約束された成功」を背景にした物語って、なんとなく、雑というか、類型的になることが多い気がする。そこが気になるのかも。トルストイの「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」的な、物語においては、ピンチを描かないと、精緻さや繊細さが、発揮されにくいんじゃなかろうか。

省み

一文を短くし、小刻みなテンポでことばを置いていけば、勝手に読みやすくなってくれる、って思いすぎていた気がするな。昔の文章を読み返して、くどい、野暮ったい、と感じる理由のひとつがそこにありそうだった。短距離の切れ目が邪魔しているところがあった。

あと、物事に関する言葉において、複数の面からの説明を思いついたときに、棄てるのをヘンに惜しんで、取捨選択できない弱さも、読みやすさを損ねている。こちらのほうが被害甚大かもしれない。当たり前だがテンポが崩れている。思いついたことをぜんぶ読んでくれる、といった形で、読み手をイメージするの、傲慢というか卑怯というか、不健全だし、いろいろな面でデメリットが発揮されていそうなので、見つめなおしたほうがたぶんよい。