世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年04月28日(月)やすみとやすみのなかびの飲み会

飲み会

小雨のなか、聞いていた飲み屋が見つからなくて困った。結果としては、ほどほどに美味しくもない大衆飲み屋であった。うーん???という表情はみんな浮かべていた。解凍に失敗していそうな炒飯がなかなかの味わいを見せていた。ひとりだけ気にせずばくばく食べていた。おもしろい空気なのは間違いなかった。個人的には空間、酒、食事あたりは特に気にならない。対話や会話の邪魔をしていなければ別によい。話はどれもほんとうにおもしろくて、昂ぶる場面だった。楽しんだ。益体もないことで盛り上がった。いくつか相手側の仕事の話なども聞いて、惹かれるところもあった。これからの算段の参考にしたい。ふざけているというか、おちゃらけているというか、いいかげんさはどうしたってあるものの、そのぶん、真面目ぶった陰険さはなく、こういった空気の職場もやっぱりあるはずだよな~、と見つめ直せる場でもあった。

「中日」

昨日(日曜日)と明日(昭和の日)が休み。中日だ。って思いついて、「中日(なかび)」と書いてはみたものの、気になってあらためて「中日」の意味を調べてみたら、「一定期間のまんなかの日」という意味合いであったため、休みと休みのあいだの日、っていうことを示す言葉として使ってよいかは、ちょっとあやしかった。ズレを感じた。

ただ、昨日・今日・明日の三日間が「一定期間」であったなら――たとえば「ゴールデンウィーク」みたいに呼称の決まったひとつの概念になっていたなら、中日と呼んでも、きっとおかしくなくなるんだと思う。なんというか、恥じることのない「まんなか」が生まれる。

概念化されているかどうか、認識によって、あつかいが変わってくる。というような、可変性や恣意性を目の当たりにすると、うーん、って思うところもなくはないが、しかし、ことばの持つ有能な点がここにひとつあって、それがいま、目の前に立ち顕れてくれているのだ、って思うと、愉しく思えるところもあった。