世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年04月22日(火)セルフサービスで耳に届く言葉

聴覚は最後まで残る

たとえ意識が朦朧とした状態でも、聴覚だけは残っているから、話しかけ続けたほうがよいのだ、といった話を読んだ。完全に意識が失われているように見えるときですら、話しかけたほうがよい、実は聞こえている、本人の意識には届いている、といった話も、ときどき見聞きしたりする。そのことで、本人が生きる気力を取り戻し、一命をとりとめた、というエピソードさえ聞く。

聴覚には独自の特性がある。最後まで残ってくれるもの。「聞こえる」って重要なんだな〜、と思う。そういう学びと同時に、やっぱり本人の生きようとする意志みたいなものが、ちゃんとからだに影響し、活力をあたえてくれるものなんだ、というのも思い知るところはあった。ことばがひとの生死を左右しうる。なら、テンションが、ボルテージが、物理的な身体のありかたを決めているところもあるんだろう。思ったより影響してくれる。

昨今の自分の事情に照らし合わせて考えてみるなら、職場がツラい、嫌だ、と陰鬱な気持ちにおちいって、もう耐えられないよ~、とか絶望の淵めいたところに立たされるくらいのことがあったとしても、そこで自分の耳ないし意識に届かせる「ことば」によって(あるいは、ふだんから自分の頭の中に響かせている「ことば」によって)、けっこう耐久性を変えられたりするんじゃなかろうか、とは思わされた。生きるための意志、明日へとつながる活力、根源的な元気、それらを呼び寄せるための内省的なことばのコントロールで、なんとかできる範囲が、いくらかありそうに思えた。それはそれで一定の希望があるなと思う。