世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年04月17日(木)背景のズレは如何ともしがたい

世界観がちょっと違う

世界観や人間観、あるいは価値観といったものが、圧倒的に異なる相手の心情は、さすがに斟酌しづらい。うまくシュミレートできないなと思う。トレースしようとしても齟齬が出る。「ここがどういう世界で、そこに、どういう人間たちが住んでいて、そして、なにが肝心でなにを目指せばよいと了解しているか」、が、ぜんぜん違っていると、途中から話に乗っかろうとしても、なかなか厳しい。根本的な物差しが違っているのに、それが暗黙の了解として「場」に蔓延していたら、もう、ついていくのはほとんど無理だとも思う。似たもの同士たちが集まって、村社会化し、エコーチェンバーしていたら、馴染むことなんてできない。

仕事をしながら、会話していると、やっぱり、ときどき、ちょっとズレているのに気づく。仕事にも多少は慣れてきたところがあって、基本的なやりとりは、大きな行き違いもなくできるようになってきたのだけれど、しかし、突発的な問いかけに答えると、ん?という違和感が発生することがある。少なからずある。「そういうことじゃないんだよな~」という空気がただよう。「そこをよしとしたらダメじゃん」「そんなこと気にしてもしょうがないじゃん」みたいな振れ幅のツッコミを受けたりもする。なんというか、なにを大事とし、なにを大事としないか、ベースになっている目線に、うっすらとした違いを感じる。

雑談するような機会も稀にはあるため、そんな中で、なるほど、世界や人間に対する目線がぜんぜん違うんだな、と、少しはわかるようになってきた。というか、むしろ、雑談のときにこそ、「そこに対してなにを思うか」の齟齬が浮き彫りになってくる印象がなくもない。普段、自然に思い浮かべていることがここまで違うなら、大枠での判断はチューニングできてきたとしても、細かいところではそりゃズレる、避けられないな、とは思うに至った。