世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年04月05日(土)こもって仕事をしたはした(非集中)

振り返って、がんばらなかった

振り返り日記の「土曜日」編にあたるところ。ネゴシエイトして週末の家での仕事時間を融通してもらった。部屋にこもり、資料作成を進めたが、後日の結果をふまえたところでいうなら、中途半端な集中だった、とはとても思う。取りかかるまでも、取りかかりはじめてからも、とにかく余所見が多かった。やる気が欠けていた。まあ"いつものやつ"ではあったが。

ほんのわずかな集中を、なんとかたぐり寄せ、少しだけ、前に進められた、くらいの印象である。がんばったとは言いたくない。やらなかったわけではないものの、全身全霊を傾けたわけでも、死にものぐるいで挑んだわけでもなかったのは、自分がいちばん知っている。あと一日早く、真面目に、取り組んでいれば、結果が大きく違ったであろう予感もある。損なった感覚は消えない。

一見なにもしてない時間、ふつうに余所見している時間

思うことはいくつかあるが、髪の毛をぐしゃぐしゃしたり、無言のまま虚空を見つめたり、そんなような、"耳を澄まし、目を凝らし、静かに考える"ための「一見なにもしていない時間」を、余所見だとかサボりだとかわざわざ捉えなくてもよいはずじゃん、とは思った。このあたりも、「ダメな時間」に振り分けようとしてしまう気配があって、しかしそれは、なんか違うと思った。

そして、それはそれとして、「ちょっとだけ仕事を進められたぞ」ってなったときに、「じゃあ、けっこうがんばったから、息抜きしましょう」と、インターネットでブログや動画を見始めたり、ぱらぱらと手近な本やマンガを読み始めたりしていた、あの時間は、ちゃんと、余所見だしサボりだぞ、とも思った。「一見なにもしていない時間」と同じところにカテゴライズしそうな卑怯さを感じ取ったので、警告しておきたい。しかも頻度が多すぎる。