振り返りと誕生日
会社の年間目標(個人のやつ)達成のため、ここしばらく、駆けこみでがんばっていた。正確にいえば、「間に合わないのは確実なので、なんとか体裁だけは取り繕おう」と、がんばった日々だった。結果として、日記が滞ったため、取り戻すため書いている。さかのぼって書いている。4月9日水曜日から振り返って、4月4日金曜日の日記を書いている。具体的な記憶はあまりない。達成したことが証明できるか、きわめてあやしいラインであったため、「週末、必死に資料を作らねば」と、あせっていた金曜日ではあったはずである。仕事時間を融通してもらうべく、交渉せねば、って考えていた。
せっかくなので書いておくと、この日は、ぼくの誕生日なのだった。誕生日にフォーカスして文章を書いたこと、そういえば、なかった気もする。
連鎖的に考えたところで書いておくと、「日記」という概念を大切にあつかうのであれば、「誕生日」も荒っぽくあつかっちゃダメなんじゃないの、みたいなことを、最近、少し思うようになった。そういう謎のロジックがいつしか構築されていた。「日記を書くことを楽しみにしながら、しかし、誕生日は、軽視する」というような振る舞いを、自分がとろうとしたときに、ともすれば、そこに、矛盾すら感じている。ということに気づいた。たぶん、どこかのタイミングで、認知のネットワークが切り替わったんだと思う。日常・生活・人生、そして誕生みたいなところに、新しい接続を作った。そして、それらのあいだに、「大切さ」を循環させるようになった。そんなイメージだ。