いくつか事例
同種の事例をいくつか挙げられるに越したことはない。複数の類似例を脳裡に思い描いておけば、視野が狭まりすぎるリスクも、いくらかは軽減できるはずだ。「知ったか」「半可通」「にわか」といった状態には、つねに陥らぬよう、気をつけていたい。
「これは素敵だ!」と称賛したくなるような、好ましい「構造」「手法」「種別」「方向性」などに出会ったとき、それを誰かに紹介したくなることは多い。けれど、ひとつの例だけでは説得力や納得感に欠けると感じ、つい、別の例も探し求めてしまったりする。例が複数あれば、多面的かつ立体的に語れるし、論の脇も甘くなりにくい。何より、実践的になる。
とはいえ、都合よく類例が見つかるとも限らない。結果として、やたらと時間ばかりがかかってしまうことも、少なくなかった。ひとつふたつ事例を押さえてみたものの、「これでは推しきれないな」と感じ、気づけば新たな事例を求めて、奔走してしまう。そうした経験は多いのだった。ただ、そういう姿勢には、ある種の落とし穴が潜んでいる。準備が万全になるまで待つ、という思想には注意したほうがよい。
たとえ話がスカスカになり、効果が薄くなったとしても、それはそれで構わないではないか、とは思った。まずは、身体を動かしてみたほうがよいはずである。そうして、実践から得られたフィードバックを、次の機会に活かせばよい。「一回で済まそう」なんていう甘い考えが、かえって逆効果なのだということを、もっと自覚すべきなんだよな、とは考えていた。