世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年03月20日(木)知的生産メモの形

Cosense日報

「関連項目がいくつか溜まってきて、このあたりのことについて、ちゃんと話したくなってきた」「けど、まだちゃんとまとまっていないので、もうちょっと調べる時間をとって、一定の網羅性のもとで話したい」と、乱暴なメモを見せるのをためらって、後回しにし、結局、そのまま放置してしまう、っていう事態も少なくはない。いや、わざわざ人に見せる必要ないじゃん、って問われたら困るのだけど。ひっそりと独りでメモを書き溜めておいて、あとで、まとめる時間を取ればよいんじゃないの?とは思わなくもないのだけど。

とはいえ、ぼくの場合、「見られるかもしれない」とか「おおやけの場につながっている場である」という事実が、まとまった文章を書く動機になっているのも間違いないところなので、"ひとが見るかもしれない"場所に、ことばを置いておく、っていう形状には、どうしてもしておきたい。そうやってモチベーションは管理したい。

最近、Cosenseを使って、公開型のメモ・手帳・日報めいたものを書いているひとを、複数見かける。楽しそうな行動だなあ、と眺めている。ひとつのページに、一日のあいだのメモを、少しずつ、書き足していくイメージだ。見せてもらっている限りでも、とても楽しい。真似したい気持ちがけっこうある。が、iPhoneでCosenseにアクセスするのってじゃっかん手間がかかるんだよな。よりよいやりかたがあるのかもしれないが、特に知見もないので、もし始めてみたとしても、こまかいところで手間取って、いずれ放り出してしまいそうで怖い。様子を見ている。

粗く書くのもよしとする

メモについて。ライフログとまではいかないにせよ、生活メモは自分も取っている(ライフログが自分の中でどういう定義なのかは微妙)。記録にはLogseqを使っている。デイリーメモ・マークダウンメモ・アウトライナーといった機能を複合させたソフトで、最強じゃん、みたいな謳い文句を空耳しながら出くわしたソフトだったのだけど、意外と細かい使いにくさが重なってしまって、日常的なノートとしては使いこなせなかった。その後、挙動を踏まえてほかの使いかたを模索したところ、デイリーで。ちょこちょこと、ログ的に書き残していくのには、向いている、って結論になった。iPhoneで「共有」したときの動作がその目的に適している。同期エラーが起こりやすいので、起動のたびに、更新処理しておいたほうがよい、ってなるのが、だいぶ玉に瑕だが、しかしそこが許容できるなら、かなり独自性のある動きをしてくれて、よい。ここをCosenseに切り替える手もなくはないなと思う。あと、普段使いはLogseqにしておいて、一日の最後にCosenseに移し替える、という手もありそうかな。それだったらobsidianへの移し替えでもいいじゃん、とも思わなくはない。最終的に全体的なメモ類ノート類をどこに取りまとめたいか、という問題にはなってくるんだろう(現状、最終とりまとめノートとしてはobsidianを採用している)。このあたりの結論がずっと出ていない、というか、まだあいかわらず右往左往している、っていうのが実際のところではある。ローカルがよいのかクラウドがよいのかもまだまだ迷う。まあクラウドサービスが終わるたびに、あーあ、って思わされているのは間違いなくて、ローカル寄りの気持ちはあるのだけど。とはいえCosenseみたいに、公開できるよさ、っていうのも、明確にあるのだよな~。見せたい欲・見せてもらいたい欲、がある。読ませてもらった恩や感謝もたくさん貯まっているし。

scrapbox.io

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