世界は称賛に値する

日記を書きます

2025年02月18日(火)ひと息ついた場面

警戒と緊張

背筋をゆるやかに伸ばし、緊張をほぐそうとして、ゆっくりと深呼吸する。落ち着きを取り戻そうとするそんな振る舞いも、業務中におこなえるのは稀だ。ふだんはそんなところに目を向ける余裕がない。だいたいは警戒しているし、緊張している。職場・仕事・業務からつながる文章を書こうとするたびに「警戒」とか「緊張」とかいう言葉が出てくるのはちょっと笑っちゃうな。まったくよしとしたくはないが。やや物悲しい。

隙間時間と言えそうな落ち着いた時間が少しだけあって、今日は、そこで、ちょっとだけ、気持ちを整えよう、と思い直せた瞬間があった。珍しかったが、よい時間だった。環境が悪い、誰かが悪い、空気が悪い、と、他責的に詰め寄り続けたいわけでもないのだが、しかし、これまでの経験を踏まえて考えていると、そう簡単に解決できる問題でもないんだろう、自分の心持ち次第ってわけでもないんだろう、と思ってしまうところはある。安易には打開できない。簡単には吹っ切れない。防衛せねばという思いはずっとあって、全身に力が入っている。そのぶん集中して仕事ができているのか、って言われると、それはそれとして、そうでもなく、ただただ思考リソースや認知リソースを喰われている印象も、なくはないのだった。やっぱり嬉しい状態ではないな。とはいえ、一朝一夕にどうこうできる話でもないんだとはもちろん思うわけだけど。

5秒のことを200字かけて

日記書きの古賀及子さんが書かれていた「日記は1日のことをまるまる書こうとせずに5秒のことを200字かけて書くと書きやすい」という日記の作法の話がだいぶ好きで、"緊張をほぐそうと思えた一瞬"を、今日、捉えられたのも、それと同種かな、とは思った。

ただそれを狙うなら、もうちょっと、感情の動きかたや風景の色合いを、こまやかに認知し、しっかり描き出してみせたかった気もしている。認知していなかったところまでは記述できないなと思う。まあ、嘘や虚偽をどこまで日記に織りまぜてよいかについても、いろいろな作法や流派があるみたいだけど。言葉に変換されている時点で、あるいは、記憶に立脚している時点で、すでに、ほぼほぼ嘘や虚偽のようなものじゃん、なら、それを頭ごなしに不可とする意味がわからん、くらいの立場だってあるようだ。手が滑って、あるいは、小気味よい言い回しがただ使いたくて、大袈裟な表現になることも、いくらだってあるし。

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